3人の石

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BS世界のドキュメンタリーでI.F.ストーンというジャーナリストの話をしていたのと、別の投稿サイトが構築中なので、こちらでまとめ。わ、チョムスキー先生も出てる。

すべての政府はウソをつく 後編 | BS世界のドキュメンタリー | NHK BS1

I.F.ストーンという方はとんと知らないのですが、下記のようなかた。硬派というか真剣なジャーナリスト、の方のようでして。しらなかったなぁと。

アメリカの急進派 I・F・ストーンの生涯とその時代 | Democracy Now!

で、ストーン、と聞いてもやっと思い出したのと検索してでてきたのがジェレミーストーン、、、ってなんかきいたなということで、調べたところ、このストーンさんもなかなか硬派な取り組みをされている模様。核軍縮を働きかけていたとのこと、最近なくなったんですね。

訃報:ジェレミー・ストーンさん 81歳=軍縮に取り組んだ米数学者 - 毎日新聞

最後にストーンといってオリバーでしょということで、映画監督のオリバー・ストーンさん。いろいろと穿った映画を作っています。大統領を描いた映画が多かったりしますね。

オリバー・ストーン - Wikipedia

で、3人それぞれのストーンさんはそれぞれ渋い取り組みをしているなぁ、と思います。名は体を表すというか、ブレないというか頑固になんかやる、という姿勢が表れています。

トランプ氏が大統領に就任したことによって、思いがけない施策を大統領令という飛び道具で繰り出してきている以上、直接その動きを知るすべがない市井の人の私としては、信頼にたる情報ソースは、こういったロックな方々が喋ることと、それを受け取る英語力が肝要と思う番組でございます。

追記

っておもってたら、製作総指揮がオリバーストーンで、その記事はローリングストーン誌という、、、もう石だらけ。

オリバー・ストーン製作総指揮『すべての政府は嘘をつく』が緊急公開 | Rolling Stone(ローリングストーン) 日本版

さらに追記

明日からネットで観れるらしい。なんと!

FEATURES:真実を追求するフリー・ジャーナリストたちの闘い『すべての政府は嘘をつく』 - UPLINK Cloud

昨年からサーバー構築をして新しいサーバーに引っ越しまして見た目も変わりました。スマホ対応が懸案だっただけに、ひとまず胸をなでおろし。

さて、サーバー構築を久しぶりにやったのですが、以前は目新しかった仮想化技術やクラウドサービスがふつーに導入できるようになって、ちょっとした浦島太郎気分でいっぱいでございます。

それにしても、始めてから10年以上たち、むかーしの記事をみておお、そんなこともあったのね、という思いに駆られる昨今ですが、未来に向かって生きて生きてたいものですね。

真面目に書きものをしようと思いも新たにするあけましておめでとうございましたです。

工房的都市論18 都市の目的と閉鎖都市

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20140915_180708.jpg

薮から棒ですが、ロシアにフラッといってきました。

ロシアと一言にいっても広大な国土を持ちますが、貧乏スナフキンは無茶が効きませんので、極東地域で東京から2時間、あれ、国内の方がむしろ時間かかるよね?という距離で。

思いの他、観光よろしく、残念ながらなんにもないですが女の子奇麗、満足、といった、本気スナフキンにたしなめられる道中ではありましたが、そろそろ記憶が怪しくなってくるので備忘をかねてと、都市論ネタを思いついたのでブログとして更新です。

お題は、かつての閉鎖都市、ウラジオストクです。

IMG_6642.JPG

工房的都市論17 地下都市と首都と

IMG_4930.JPG大本営跡なる場所に行ってきました。といっても、すげー前で、書きあぐねていたのですが。

さて、大本営跡地は、長野県長野市の松代地区につくられた地下壕のこと。大本営とはそもそもなんなのかというと。戦時の天皇直属の最高統帥機関、とのこと。ようは戦争の指示をする場所、でしょうか。それが、戦争末期、東京が危なくなった時の疎開先として、松代に地下壕を掘って移設しようと計画され、昭和19年の11月から本格工事がはじまり終戦とともに工事が中止された跡地が現在に残っています。

長野市の案内はこちら
松代象山地下壕のご案内 - 長野市ホームページ

そんな施設だからきっと厳重に管理されていて、案内とかもしてるのかな。。。と思ったのですが、入り口でおっちゃんに訪ねるとそこのヘルメットかぶってねとだけ言われてあとは自由に穴の中へ。拍子抜け!
IMG_4917.jpg
入り口から降りていくと結構狭いなあとおもっていたのですが、穴蔵を進んでいくと思いのほか広い空間が広がり、碁盤の目状に縦横に穴がのびていることがよくわかります。

そして思いのほか壕が長く、500mほども内部に入ることができます。うへー!とおもって最終端まで行ったのですが、そこで一人、しかも、山の下に掘られた穴の中。照明があるから明るいけど、万が一なにかおこったら、俺終わる、と、思い出したらとたんに背筋が寒くなるなど。さらに頭をよぎるのは、工事にあたって、朝鮮半島出身の方々が強制労働させられなくなった方も居ると刻まれたの入り口にあった石碑のこと。思わず手を合わせて回れ右しました。

70年もまえに掘られたとは思えず、いまだに掘削された岩盤の生々しさがあります。入場無料、地下好きのかたはぜひどうぞ。

で、都市論の話になるんですが、戦争をしていた頃の日本の首脳部は、首都という都市の機能をどのようにとらえていたのか、ということです。以下、若干由なし事をつらつらと。

(いろいろと本が出てるんですね)


工房的都市論16 芸は国を助ける

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諸般の事情で更新を自粛していたら早くも10ヶ月が経ち。恐ろしいものです。10ヶ月いろいろありましたが、直近のことで、池上永一さんの新作を渋谷TSUTAYAで発見、なんと、ということで早速読了です。

池上さんの作品は、シャングリ・ラというSF小説を読んだのがきっかけ。炭素経済の描写とか土地が持つ力、みたいな若干オカルトじみたところ、また、ぶっ飛んだ登場人物群となかなかのエンタテインメント。その他にも作品ありあますが、テンペストという小説では舞台を末期琉球王朝においた、これまたぶっ飛んだ登場人物群のお話。舞台や映像化もされたらしく、舞台は赤坂で仲間由紀恵さん主演のを見たりしたり。。。ということを過去にも書きましたね

合間にトロイメライを挟みつつ、新作の名は「黙示録 」。黙示録って行っても耶蘇のあれと違うで!って話なんですがタイトルから何やらおどろおどろしいオーラが。
帯から読み取れるのはコンテンツが琉球舞踊、しかも登場人物はどうやら男ばっかり、分厚い、ということでどうしたもんかなぁと思いましたが、読み始めてすぐの怒濤の展開にあっさり陥落。やはり池上さんの小説のぶっ飛んだスピード感は酔います。
そしてまた、なんと言いましょうか、雑草魂に火がつくというか、清々しい読了感です。ぜひオススメ。

さて、下記は読んだ後の所感です。

工房的都市論16 芸は国を助ける

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諸般の事情で更新を自粛していたら早くも10ヶ月が経ち。恐ろしいものです。10ヶ月いろいろありましたが、直近のことで、池上永一さんの新作を渋谷TSUTAYAで発見、なんと、ということで早速読了です。

池上さんの作品は、シャングリ・ラというSF小説を読んだのがきっかけ。炭素経済の描写とか土地が持つ力、みたいな若干オカルトじみたところ、また、ぶっ飛んだ登場人物群となかなかのエンタテインメント。その他にも作品ありあますが、テンペストという小説では舞台を末期琉球王朝においた、これまたぶっ飛んだ登場人物群のお話。舞台や映像化もされたらしく、舞台は赤坂で仲間由紀恵さん主演のを見たりしたり。。。ということを過去にも書きましたね

合間にトロイメライを挟みつつ、新作の名は「黙示録 」。黙示録って行っても耶蘇のあれと違うで!って話なんですがタイトルから何やらおどろおどろしいオーラが。
帯から読み取れるのはコンテンツが琉球舞踊、しかも登場人物はどうやら男ばっかり、分厚い、ということでどうしたもんかなぁと思いましたが、読み始めてすぐの怒濤の展開にあっさり陥落。やはり池上さんの小説のぶっ飛んだスピード感は酔います。
そしてまた、なんと言いましょうか、雑草魂に火がつくというか、清々しい読了感です。ぜひオススメ。

さて、下記は読んだ後の所感です。

工房的都市論15 年について考える都市

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IMG_3406.jpg

もうそろそろ年が変わろうとしております。本年もお世話になりました。来年もよろしくね、ということでようやくがしがしと書き物を焦ってしておるわけですが。

都市について考えるということで、その対象にある、地方。今年も一応地方である実家に帰ってきました。かたや東京、かたや地方ということで、日本はどうなっていくのだろうかとも考えます。

などと思っていたところ、以前取り上げました、ジェイン・ジェイコブスさんの本が文庫本になっていましたのので、読みましたよと。

以前取り上げたのは、「都市の原理」という本で、こちらは都市の発展過程が、他都市との公益によって、都市の中に置換された産業が起こり、その結果として都市自体がほかの都市と交易が行えるようになる、という考察が行われていました。

これは、都市の発展が農耕から工業へと移行していくのではなかろうかという素朴な発展論とは異なった考え方であり、目から鱗が落ちる思いでありました。

文庫になったのは「発展する地域 衰退する地域/地域が自立するための経済学」。これは、先の都市の原理と裏腹に、都市が衰退するにはどのようなメカニズムが働いているのかというのが考察されています。

手元に本がない、、、ということをふまえてになってしまいますが、理解としては、都市の経済が多分に外部依存をしている場合、この外部要因の変動によって左右されてしまうということがあげられます。

ある独自の産業が都市にある場合、この産業が都市の必要を支える論拠となるのです。が、一方で例えば工場がいきなり誘致されるとか、発電所ができるとか、その都市自体に理由がない産業が据えられた場合の問題です。

落下傘的に落ちてきた雇用であるとか経済基盤は、そもそもその都市や地域が必要とはしていなかったものではありますが、それに付随する金融やサービス、通信などの需要が喚起されるために、都市はあたかも繁栄を見せます。

しかしながら、工場が撤退する、あるいは、発電所の補助金が打ち切られるなどなど、主たる基盤を失った場合、その都市の必要を見つけられないままの場合、衰退する運命にあるというもの。と、理解しています。

これは、地方からみると確かにそのような一面はあり、なるほどと思う訳です。

で、タイトルにもしていますが、工房的都市とはその場合なんなのということなのですが、大規模な工場とかそういう基盤の上に成り立つ都市とはことなり、都市住民が必要であるとおもったり、つくりたいと思うモノやサービスを、その都市のなかのネットワークや資材を活用することで実現し、流通する都市のようなイメージ。そして、それによって財の流通が都市の中で活発に行われるようになるのが望ましいでしょう。

これを実現するためには、たとえば穴をあけるのが得意な工場とか、録音するのがすごいうまいとか、あらゆる革製品を取り扱っているとか、全く規模が期待できない能力を備えている人や法人が存在していることが期待されます。
そんな特徴的な人たちが普通の暮らしを行おうと現在の都市で考えると、ちょっとした難しさもまた否めません。

しかしながら、それが必要である、という状態を作り出すには、やっぱり人と人とがであったり、なんかやろうと思ったり、ある意味では祭りというかフェスティバルのような特別な時間をつくるといった仕掛けを都市にインプリメントするといったことが必要なのではなかろうかと考える次第です。

といったところで、もやもやと考えながら年を越えますが、来年も引き続き都市について考える年にしていきますよっと。

工房的都市論14 工場とコウバは社会的共通資本になる

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ああ、しばらく書いてませんね、ということで、ぽこぽことネタはあるんですがねと。

IMG_2319.JPG
ファブカフェ 
ネタという事で、ファブカフェとやらにいってきました。といってもカナリ前です。この時はレーザーカッターを使わせてもらいました。

従来、板きれ等をカットする際にはノコギリでガリガリやって、削って、でも精度が出ていなかった、、などとやっていましたが、レーザーカッターは簡単きれい。
精度もコンマ何ミリ以下なので、ちょっとした小細工なら十分!オススメです。

で、このファブカフェに言って思った事。つまり、工房的都市はこうやって始まっているぞ、と連投しているこのタイトルに関する事がなにやら実は現実にあったのねという素直な喜びであります。

さて、ここから小難しい話になっていくんですが、これからの製造業について。生産と消費について考えます。

生産と消費について
昨今、いわゆるモノづくり企業である家電業界がふるわないと報道されています。原因はいろいろあるんでしょうが、大雑把にはモノが売れないのかと思われます。

そうなのかしら、と考えると、世の中のモノがすべて売れていない訳ではなくて、たとえばiPhoneやandroidといったスマートフォンは時代の寵児かよく売れているようです。個人的にも近年入手した電化製品と言えばスマートフォン。
スマホ販売台数 サムスンが世界1位=7~9月期


ところが、それ以外の家電については、特に購買する気にあまりなりません。テレビはちょっと古いので買い替えたいところですが、映るし見たいテレビも無いしなぁ。洗濯機も調子は芳しくないですが動くし。

などと、一通り生活ができているところで、新たに欲しいと思うものは実際あまりないです。個人的には、モノは買わないので、モノは売れてないのかも。 従来は大量に生産して大量に販売する、という工場型の生産モデルに社会が当てはまっていたと考えることができます。

すなわち、ある意味では無個性な製品が必要とされる価値、あるいは、所有したいという欲望によって駆動され生産され販売されてきたと言えます。 が、ひとおとり行き渡ってみると、それほどたくさんのモノがいるんだろうかと。日本ではもうそういったものは必要な分だけあればよくなっています。もちろん、開発途上国なんかでは必要なんですが、わざわざ高コストのモノを買う必要なくて、現地生産で安いものがあればそれでいいのかも。

こうやって考えたところ、飛躍しますが、工場という装置はこれからの都市との関係においては、社会的共通資本となるであろうと考えています。

社会的共通資本だと。。! 
ここでいう工場というのは2つに分けることができます。

一つは、従来のイメージ通りの工場。たとえば、こちらもふるわないですが、ルネサスエレクトロニクスという半導体をつくる会社があります。半導体をつくるには、クリーンルームやら設備投資がかかります。このような設備投資のかかるモノを製造する場合は、まだ今のところ大規模生産がコスト的に見合うように思われます。

もう一つは、工場というよりも、コウバと呼ぶべきところ。これは、要素部品の製造を行うよりも、部品をくみ上げるための場と読んだ方がよいです。これは、でっかい空間が必要だとか膨大な設備投資が必要かというとそうでもないはず。

さて、次に、社会的共通資本についてですが、こちらも大雑把にいうと、交通やライフラインといったインフラの事をさします。特定集団の利益になるのではなく、当事者が意識するしないに関わらず、社会全体に価値を提供しうる資本のことと言えます。資本という以上、なんらかの再生産ができるはずです。

すると、ルネサスの場合、残念な状況ですが、複数の会社が出資してできた会社です。ある意味では、要素部品を安定に共有する装置として、社会的な位置づけの会社であるということができます。 また、コウバでは、これら要素部品を組み立てる場所として存在する事になりますが、必要な人が必要にかられてコウバで作業をするようになるんじゃないかと思います。

そのための技術が現実に追いつき始めています。それは3Dプリンタ。プラスチックのハコなんかを簡単につくってしまえるような装置です。すなわち、部品を集めて最後にまとめるためのモノは、オンデマンドで、個人の意志によって製造することが可能になりつつあると考えています。

このような場所を用意するには、ニーズが無ければならないと同時に、ニーズを尊重し譲り合う場としてコウバを維持する必要が出てくると考えられます。すなわち、社会的な基盤としてのコウバを位置づけることができるのです。

e1.pngで、どうなる 
以上のように考えますと、面白い社会が描けるなぁと個人的には思っています。

古典的な工場というのは、生産手段を持っている資本家のもとで労働者が労働力を提供し、その対価として賃金を得る、というモデルになるわけです。が、資本家の目的とする利殖を勘案すると、コスト削減と効率追求になり、すると労働疎外といった寂しい構図がイメージされてしまいます。

IMG_2317.JPGのサムネール画像
ところが、社会的共通資本としての工場をイメージすると、大規模な工場は、水道設備やゴミ処理、発電設備のように、社会隅々にまで、文明的な暮らしを提供するという理念にもどついた社会的認知のものとなる活動となります。また、コウバでの活動は、そこで活動する個人個人の自由意志に基づいて運営されるのであり、闊達なる創造製作がイメージされます。 利潤追求のための装置としての工場という見方から、社会的なインフラであり、基盤であると認識を変えると、なんだか溌剌とした社会が描けるのではないでしょうか。

ただ、ややもすると、これって社会主義的で全然生産性のあがらない社会になるんじゃねぇかという懸念もあるので、それがどう解消するのか、また、そのような社会が到来したとして、そこで何が重用され価値を生むか、、、それはデザインじゃん、、、というところに考えがいたります。あ!っと思うところで工房的都市論、次回に続きます。


 
というか、これ読んだ方がいいな!