工房的都市論Ⅶ 花火見物

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都心でも花火ということで、花火大会の見物はどう?とお誘いいただき東京外苑の花火見物です。anduさん感謝です!

さて、花火大会でデート、などといういい感じのこともなく、基本的に淡々と花火が打上るに任せて、はー、とか、ほー、とかいいながら花火を眺めながら思った事、と都市論を絡めて。

花火ってそもそもどう始まったの?ということでググってみますと、中国で始まったのと事。では日本ではというと、鉄砲伝来以降の事であるとのこと。
疑問としては、昔から中国でやってたのなら、なぜそれまで日本に伝わってこなかったんだろうか?と疑問に思いますが、火薬でググってみますと原料の硝酸カリウムが天然に算出しないために輸入品としてそれを使用しており、お祭り用なんかに使ってらんないぜ!ということかなと推察されます。

実際のところは諸説あるみたいですがどうも現在あるような花火大会の形態に落ち着いたのは江戸時代だそうです。
よく花火の時にかけ声で、かぎヤー、たまやーというのも、花火をつくるメーカーさんの名前を呼んでいる名残出そうです。F1をみながら、ホンダー、トヨター、というのと近いですね。

なんで花火を上げたいんだろう、観たいんだろうなどと思ってみますと、夏の夜のアクティビティだからかな、と考えます。都市の中で、夏であることと、夜であることが重要。

地方という観点から、特に田舎の田園においては、そもそもたくさんの人に花火を見せるということが困難。都市部で花火上げたほうがたくさんの人に楽しんでもらえる。

夏であることについては、日本の風習としてお盆、というのがあって、あの世からご先祖様が帰ってくるらしい、ということで、なんとも霊的な神妙な気持ちになる時期となります。風習としては、先祖を迎える支度などがある一方、花火なんかも霊的な感覚と結びつきやすいのではなかろうかとも思われます。

もう一つは夜であることについて。夏期は当然暑い、ということで、日の日中に外で何かするというのは非常におっくう。なので、日が暮れてからちょいといろいろ行動するのが合理的な考え方。でも、夜で歩くことはやっぱり憚られるのが普通なので、何らかのイベントに乗じないと難しい。そこで考えだされるのが花火という大会ではなかろうかというのが仮説です。

これらを複合して、やっぱり花火大会は夏の夜に行われる都市のイベントなんだなー、と考えがもどってくる訳です。

さて、花火大会なんですが、花火はきれいですが、デートが目的ではなく、花火が目的だとするならば、実のところストーリーが無いとどうにも退屈してしまいます。なので、強弱とか、種類を変えるとかしないといけないんだな、と考えます。

ただ、今回、アパートの上階の方から観る機会をもらって考えたのは、同時多発花火大会ってどうだろう、ということ。外苑で上げたら今度は東京ドームからとか、代々木からとか、別の場所でも呼応して花火があがったらおもしろんじゃ無いだろうか?というアイディア。

もっと押し進めて北の端から南の端まで、花火のリレーなんて事ができたら、なんか素敵。一カ所にぎゅうぎゅう集まるんじゃなくて(それはそれで賑わいが楽しいのですが)全体でプロセスを楽しむ、っていうことができたら面白い。

もう一つ、思いついたのは、花火の中ってどうなっているんだろう?ということで、花火の打上っている真ん中にカメラを浮かべて撮影したら、きっとサイケデリックで面白いはず!というアイディア。

これ、どっかの放送局とか企画してもらえまいかと。

さて、今年は昨年と比べるとよかったそうです。今年は、なぜ花火をあげるのか、その思う先きがあるような、そんなこころもちで花火師さんたちも気合いが入っていたんじゃないかな、、、と思う夏の夜でした。