工房的都市論Ⅸ 新年と初詣という体験創造

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かがり火
あけましておめでとうございます2012。本年もどうぞよろしくお願いいたします!

昨年に引き続き、新年という事で同級生との初詣に参加。お声がけ感謝!並んでお賽銭で紐ひっぱってガラガラして、おみくじひいてお守り更新。すべてが非科学的な行為であるにも関わらずやっちゃうんですね。いつものお守りがなくて、巫女様に同じモノを探してもらうという一幕があったのですが、カワイイかたでトテモ嬉しかったです。神様ありがとう。

さて、初詣って、みんないくよねという習慣になっていますが、なぜ初詣にいくのか?という素朴な疑問をもちましたので、新年早々ググってみますと、こちらなんと工房的都市論に続く歴史があるのではないかという驚きがあったので記してみます。

wikipediaによると、本来は氏神またはその年の恵方の方角の社寺に詣でることがおおかったのですが、明治時代中期以降に、京阪神の電鉄会社が沿線の社寺仏閣を適当に宣伝することで、氏とか恵方とかはまあおいておいて有名なところに詣でることが定着したということなのです。

ははあ、そういうこともあるかもねぇというのが率直な感想。というのも、沿線の開発というのは鉄道会社のビジネスモデルの基本であって、関西なら小林一三の阪急電鉄による田園開拓はうまいことやったなぁという感想。東急も西武もこのモデルを見習っています。

ただし、もう一つ付け加えるならば、単に鉄道会社の宣伝というだけではなく、明治期における人口流入や都市形成という観点も付け加える必要があるかとおもいます。それは、地方からの移住によって地縁が切れてしまった都市住民にとっての宗教的経験の民主化とでもいいましょうか、そのような気分であると思われます。

氏神という概念は地方在住であると濃厚であり、現に私も生地にある登知爲神社というところが主たる詣で先だと思ってます。謂れはよくわかってないんですが、ずっとある。
で、新年早々詣でたのは佐佳枝廼社というところ。こちらは、歴史がはっきりしていて、福井城の鎮守として成立し、松平家のお殿様や徳川家康が祭られているというもの。こちらは名を頂いているので顔出しとこうかな、というご縁です。
後者はどうも明治期以降の風に当てられてはいますが、何やら関係がある、と思う事ができます。

ところが、その土地を離れて転々として暮らしていますと、どうもこのような縁を感じるような社寺仏閣はあまりなくて、どうしようかと思ってしまいます。当時、地方から引越てきたような人たちも同様の感覚を持っていたりしたのではないかと想像します。だからこそ、何らかの縁が感じられるような所が宣伝されることによって、そこに行ってみようと感じたのではないだろうかと考えることもできます。その気分を抽出したとすれば、鉄道会社というのは何とクレバーなマーケティング能力をもっているんだろうと勉強させられます。

さらに穿った考え方で、天皇制の宗教的な経験として初詣が活用され、国民国家ではありながら統治の精神的支柱として宗教を据え付ける事に成功した、というのもあるとの指摘もあるようです。とはいえ素朴な感情からすれば、ご利益を授かる先きや宗教経験を得る場はドコでもよかったのかもしれないとは思います。

以上のように、初詣ひとついくのにそんな事考えてないよという事を新年早々調べてしまった訳ですが、解散後は昨年同様、漫画喫茶で夜明かし。
そこでたまたま読んだ本というのが「チェーザレ 破壊の創造者
」。宗教的権威と政治的権力とが合致していた西洋における覇者の本、日本という国は宗教的権威と政治的権力の分離によって統治を行った類のない国だなぁと改めて考える2012年初頭であります。