工房的都市論18 都市の目的と閉鎖都市

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薮から棒ですが、ロシアにフラッといってきました。

ロシアと一言にいっても広大な国土を持ちますが、貧乏スナフキンは無茶が効きませんので、極東地域で東京から2時間、あれ、国内の方がむしろ時間かかるよね?という距離で。

思いの他、観光よろしく、残念ながらなんにもないですが女の子奇麗、満足、といった、本気スナフキンにたしなめられる道中ではありましたが、そろそろ記憶が怪しくなってくるので備忘をかねてと、都市論ネタを思いついたのでブログとして更新です。

お題は、かつての閉鎖都市、ウラジオストクです。

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ロシア、ウラジオストクにはなぜか行かねばという切迫感が数年前からあり、今回行ってきましたが、さて何があるというと、ピンとはこないものですが、閉鎖都市だっただけの事はあり、様々な軍事・戦争にまつわる物事を見物することができました。
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20140913_151443.JPGのサムネール画像

いきなりまずは総括からになりますが、1991年からは閉鎖都市指定解除、一昨年の2012年にはAPEC(アジア太平洋経済協力)に合わせてインフラ整備が行われた結果、アクセスが向上した都市として、また、海に面した都市としての観光地としてもにぎやかな街になっているなぁという実感でした。

夏場という事もありますが、二十数年前には、立ち入る事が難しい場所だったとは思えないほど、あっけらかんとした観光地なのではなかろうかと見受けられました。

もちろん、日本人の場合ビザをとって、云云かんぬんとビザ無しでヒョイット行けるアジア等と比べると、べらぼうに面倒くさいのと、東南アジアのように物価が安いかというと日本並み、あるいは日本以上の物価、さらに益々物価が上がっているような印象すらあるので、興味がなければあんまりオススメはしませんが、逆にまだ、観光地としてのひねくれた感じもまだ希薄な様が、なかなか渋いのです。

そんな思いの中、コントラストがはっきりするのは現在のある意味では観光都市とも言えるウラジオストクが、その全く反対とも思える閉鎖都市であったということです。

さて、閉鎖都市閉鎖都市と繰り返してきましたが、閉鎖都市とはそもそもなんなのか、と申しますとwiki先生によりますと、旅行や渡航が制限されるような都市だそうです。おおよそは軍事施設があったり、核関連施設があったりするそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/閉鎖都市

日本で生活をしていると、ここに行っちゃダメ、という場所は、塀やフェンスに囲まれているような場所ぐらいしか実感としてはないです。また、射撃演習場なども入っちゃだめですが、そもそもそんなとこには人が居ない、つまりは、都市である以上は何らかのノードとして交通が接続して居るはずなのです。基地や原発にも立ち入った事はありますが、生活の拠点がその場所の中で完結してるかというと、米軍基地の一部はそうではあるのですが、なかなかそれだけでは成り立たないし、周囲には一般の生活があります。

ところが、閉鎖都市というものは、人間生活が日々営まれているにも関わらず、外部との交通が遮断・制限される場所という事になります。そこにはおそらく、生老病死があり、また、愛し合う2人も居るはずなんです。
今回は当然ながら閉鎖都市に潜入し、スパイ活動サイレン、ということは全くないので、想像をするにすぎませんが、何とも奇妙な感覚を受けます。つまり、都市の生成というものが人為によるものが端的に表現されている都市とも言えます。

なぜなら、都市の発展というのは、人為による都市計画が必要であることはあるんですが、その都市と鄙(ヒナ、鄙びたといいますね)との対立のもとに、都市間やその周辺との交流や消費が行われつつ発展したり衰退するものととらえることができます。

では都市は、都市自身で生まれて発展するかというとそういう訳ではなく、例えば、誰かがここが都!と宣言をする事によってそれが始まったり、なんだかここが気持ちがいいから集住していたらそれとなく都市としての風格が生まれたとか、そういうきっかけがスタートだったと考えられます。ところが、その都市自体が意思をもってどうなりたいとか、目的を持って存在しているのではないのもにも関わらず存在が継続していったり、しなかったりする訳です。

つまり、個々人にとっては、都市は利用するための装置であって、その都市自体に寄与しようということはほとんど考えず都市と人とが存在しているわけであって、都市そのもに意思や目的は存在していない。にも関わらず都市によって、人間は影響を受けつつ、また、都市を発展させるのも人間の力だったりします。

一方、目的を持った都市、閉鎖都市に代表されるような、ある目的を達するための器官として都市を計画し運用する場合、それ自体は外部との人間の交流を断ったとしても成り立つという驚異。ただし、資源は流入しないとだめなので、物資の流通は十分維持されないといけないです。ところが、その物資の流通を発展させてやろうという商いとしての意思が欠落しても、その都市が存在し得るということが、また一つ驚くべき事かと思います。

という事をふまえて、閉鎖都市内で生活するというのはどういう事なのか?というのはもうちょっと本を読んだりしないと想像できないですが、おおよそ3つの人の存在があると思います。

一つは、元々そこに住んでいながら、閉鎖都市指定の結果、その都市にとらわれた人。
もう一つは、閉鎖都市指定後、そこに移住し、都市の目的の為に生活する事を受け入れた人。
最後は、閉鎖都市内部で生まれ、そこで育ち成長する人。

これら3様の生活があるんではなかろうかということが想像できます。一方、閉鎖都市としての目的を終え、閉鎖都市の指定を解除された場合、衰退していくかもしれないし、それとも発展するかは状況によると思うのですが、今回訪れたウラジオストクは極東の要衝である地政学的な素地もあるのか、観光地として見事に美しく、そしてにぎやかなものとなっています。かつてもにぎやかだったのかどうかはとんと知れませんが、都市を閉鎖するというのが、直感的にはなんとも不自然なものであるのではなかろうかという気がしないでもありません。

以上で、考察としては当たり前じゃんてとこに落ち着くのですが、個人的にはモノを書きながら、本来都市自身に意志はないし目的はねぇ、ってことが腑に落ちたので満足。また、都市に住まうということは、閉鎖都市市民3分類とは違ったりするようで、実は一致するところがありつつ、これはマクロスとかシドニアの騎士の考察に行っちゃうんじゃねぇか!?とワクワクする心持ち。年内には考えたい!