工房の私

前回は花火を取り上げましたが、つくる人ということで花火っぽい何かをつくりたくてつくってみました。工房的都市論の傍らで工房の私です。


花火の真ん中で花火観たらどうなんだろう?という前回のアイディアをふまえて、ぐりぐり火花を動かせるような絵がつくれたら楽しいな、というコンセプト。

Quartz composerというMacの開発環境をいれるとついてくるアプリをつかうと、難しそうなことがトテモ簡単にできてしまいます。
これはたまたま入手していたMIDIキーボードをつかえないか?ということで、鍵盤を押すと色違いの花火が、それをレバーで上下左右に動かすようにしたもの。
楽しいですねー。

工房的都市論Ⅶ 花火見物

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都心でも花火ということで、花火大会の見物はどう?とお誘いいただき東京外苑の花火見物です。anduさん感謝です!

さて、花火大会でデート、などといういい感じのこともなく、基本的に淡々と花火が打上るに任せて、はー、とか、ほー、とかいいながら花火を眺めながら思った事、と都市論を絡めて。

花火ってそもそもどう始まったの?ということでググってみますと、中国で始まったのと事。では日本ではというと、鉄砲伝来以降の事であるとのこと。
疑問としては、昔から中国でやってたのなら、なぜそれまで日本に伝わってこなかったんだろうか?と疑問に思いますが、火薬でググってみますと原料の硝酸カリウムが天然に算出しないために輸入品としてそれを使用しており、お祭り用なんかに使ってらんないぜ!ということかなと推察されます。

実際のところは諸説あるみたいですがどうも現在あるような花火大会の形態に落ち着いたのは江戸時代だそうです。
よく花火の時にかけ声で、かぎヤー、たまやーというのも、花火をつくるメーカーさんの名前を呼んでいる名残出そうです。F1をみながら、ホンダー、トヨター、というのと近いですね。

なんで花火を上げたいんだろう、観たいんだろうなどと思ってみますと、夏の夜のアクティビティだからかな、と考えます。都市の中で、夏であることと、夜であることが重要。

地方という観点から、特に田舎の田園においては、そもそもたくさんの人に花火を見せるということが困難。都市部で花火上げたほうがたくさんの人に楽しんでもらえる。

夏であることについては、日本の風習としてお盆、というのがあって、あの世からご先祖様が帰ってくるらしい、ということで、なんとも霊的な神妙な気持ちになる時期となります。風習としては、先祖を迎える支度などがある一方、花火なんかも霊的な感覚と結びつきやすいのではなかろうかとも思われます。

もう一つは夜であることについて。夏期は当然暑い、ということで、日の日中に外で何かするというのは非常におっくう。なので、日が暮れてからちょいといろいろ行動するのが合理的な考え方。でも、夜で歩くことはやっぱり憚られるのが普通なので、何らかのイベントに乗じないと難しい。そこで考えだされるのが花火という大会ではなかろうかというのが仮説です。

これらを複合して、やっぱり花火大会は夏の夜に行われる都市のイベントなんだなー、と考えがもどってくる訳です。

さて、花火大会なんですが、花火はきれいですが、デートが目的ではなく、花火が目的だとするならば、実のところストーリーが無いとどうにも退屈してしまいます。なので、強弱とか、種類を変えるとかしないといけないんだな、と考えます。

ただ、今回、アパートの上階の方から観る機会をもらって考えたのは、同時多発花火大会ってどうだろう、ということ。外苑で上げたら今度は東京ドームからとか、代々木からとか、別の場所でも呼応して花火があがったらおもしろんじゃ無いだろうか?というアイディア。

もっと押し進めて北の端から南の端まで、花火のリレーなんて事ができたら、なんか素敵。一カ所にぎゅうぎゅう集まるんじゃなくて(それはそれで賑わいが楽しいのですが)全体でプロセスを楽しむ、っていうことができたら面白い。

もう一つ、思いついたのは、花火の中ってどうなっているんだろう?ということで、花火の打上っている真ん中にカメラを浮かべて撮影したら、きっとサイケデリックで面白いはず!というアイディア。

これ、どっかの放送局とか企画してもらえまいかと。

さて、今年は昨年と比べるとよかったそうです。今年は、なぜ花火をあげるのか、その思う先きがあるような、そんなこころもちで花火師さんたちも気合いが入っていたんじゃないかな、、、と思う夏の夜でした。

工房的都市論Ⅵ 森山大道さんとコピー不可能性

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daido.JPG
諸般の事情から、関西方面へ旅行してきました。そもそもしばらく大阪に住んでいたのですが、しばらくぶり。

国立国際美術館で行われているオン・ザ・ロード森山大道展について。大阪に行くまで開催している事をしらなかったのですが、思わず足を運んだ次第です。

森山大道さんは大阪で商業デザインに関わった後、カメラマンに転身。ロードスナップを中心とした作品を作成。アレ・ブレ・ボケとよばれる荒々しい描写が知られています。個人的には、大学時代には森山さんの作品に憧れて写真を撮っていた、そして焼いていた口です。

当時は、かっこいいと思う反面、その画質に惹かれて、テーマやその理念について、あまり理解できていなかったと、今回改めて展覧会を見て感じました。路上のスナップ、様々な都市で撮影された人々や路上や男女、それらの対象が彼方の者であるように思われていました。

しかし、日々東京に暮らし実感を持ち、さらに、大学の時の感性から時間を隔てて、かつ大阪という地でその作品を眺める、ということで、都市論としていままで思っていなかったことぽろぽろと。

都市の賑わいや猥雑さをなぜ写真におさめるのか、別にたいしたことじゃないじゃないとも見えるし、見慣れたものでもある、そうではあるのだけれど、その瞬間を写真にわざわざおさめるようとする人は、やっぱりいなかった。

何か特別な事を写真におさめることに意味を見いだす一方で、特別でもない日常の起伏の中の一瞬を写真におさめることに意味がある。その場にいる事によって写真がとれる、その事を忠実に実施し、その写真が存在し得るという当たり前の事実。

もう一つはコンポジション。大阪でのスナップも展示されているのですが、例えばビリケンさんの写真の横には、ジーンズを履いた女性のヒップの写真。これも、なにがどうかと言われると、並んでいるだけなのですが、なるほどと思わざるをえず。なんか似てる。大阪らしさというのは、コレな気がする。

携帯電話にせよなんにせよ、写真を撮影する機器がたくさんある以上、だれだって実施できるにもかかわらず、じゃあそれをやってみようと思う人はやっぱりいない。作家性とは、実行できる執着、そこにある気がする。

ただ、これらに気づくようになったのは、なぜか。金沢にいても、大阪にいても、やっぱり、この写真なんだろうと感じていたのではないか。東京に住む事でようやく追いついたような気もする。というよりも、しっくりくるようになってきた。

ようやく、都市論のような所に行き着くのですが、都市は人がつくるし人がいる。都市の様子を類推するというのは、実のところはできないのではないのかという事が個人的に思いいたるところ。つまり、なぜわれわれは海外旅行をしたくなるのかにもつながるのですが、都市を丸ごと違うところにコピーすることは、人類にはできないのではないか、という、これも至極当たり前の事を考えるわけです。

今後、何らかの都市が破壊され、そのコピーを別の地域(あるは惑星でもいいですが)に作成するとしても、地形や風土、周辺民族や政治形態によって、都市の特徴も形成される以上、そのコピーを人為的に作成することができないのではないか。よって、人に会いにいくように、人は都市あるいは地域に訪れる、その行為は唯一無二に会いにいくという、そういう感覚に近いのだという事を考える次第です。

大道さんの写真を見て通して感じた都市や地域の像のコピーは、実際には、その場に行かないとやっぱりわからない。そして、それは唯一無二の都市をシェアしているという、やっぱり当たり前の事実を気づかせてくれます。

ということで、個人的には、是非いろんな人に観に行ってほしいと思う展覧会でした。写真展でいろいろ考えたのは、じつはこの展覧会が初めて。

ちなみに、記録ビデオも上映されていると、北陸に一時期いたという事が一瞬述べられ、あれっと!ぞわぞわして略歴を見てみると、幼少期の一時期、福井県丸岡にいたという事への衝撃。なんだかわかりませんが、やっぱり、とますます納得。。。


SFとSocial fantasy

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間があいてしまったのは仕事でつくる人だったわけで、、、。

さて、工房的とは離れた本屋さんのお話。かくも本屋に足を向けてしまうのか、それは不思議でならないのですが、さりとて、行かない訳にはなれないという、不思議な場所です。

最近めっきり物欲もなく、さりとて、何か鬱屈たる気分に浸っているわけでもなく、比較的淡々と日々。

ところが、本屋という場所には、見た事もない世界が山のように築かれているわけで、年齢を重ねるにつれ、すべての本を読む事ができないというあきらめとともに、それでは何を読むのかというその選択が非常な切迫感をもって感じられる緊張の場所でもある訳です。

その意味で、本という彼岸の世界に加えて、本を選ぶという此岸の葛藤というこの二律の空間がすなわち書店であると改めて考える次第です。

で、何を選んだのか、、、というとSF2冊だったり。さっそくぺろりと読んでしまいました。

一冊は「タイタンの妖女」。現世をジェットコースターでかけた面々のお話。エンターテイメントでありながら、美しい。既に50年以上昔の作品にはなるのですが、昨今急激に盛り上がりを見せているソーシャルなネットワークについて考えました。作中の彼らは、過酷ではありながら、孤独ではないというその一点において、なんという幸福なんだと感じさせます。ソーシャルだいじ。

もう一冊は、「第四間氷期」という安部公房氏作品。未来を予測することができる機械と生き物についてのお話です。
恥ずかしながら、いままで安部公房氏を読んだ事がなく、なかなか刺激的でした。こちらも既に何十年も前の作品でありながら、現代も通ずる生命倫理の問題、コンピュータと人間疎外の問題について鋭い洞察を与えています。人間という生き物を相対的に見ると、逆に人間関係で一喜一憂するのもなんだかナンセンスとも思いつつも、風土や自然という連綿の中にいる事の幸せを感じます。

などと、突拍子のない物語を堪能しつつも、本という自己と対峙する存在のその上で、人と人との関係をやっぱり欲しているのかも自分と、理解を深める昨今です。

工房的都市論 Ⅴ オープンソースハードウェア

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モノをつくるって都市では大変だよね、ということなのですが、田舎ならどうなのっていうことで、おもしろいプロジェクトをしりました。




序文に

Open Source Ecologyは、オープンソースで、低コスト、高性能の技術プラトフォームであるグローバルビレッジ建設セットを想像し創造する、農家、技術者、支援者のネットワークです。これらのDIY製作工程工業機械は親しんでいる現代の快適で持続可能な文明の建設を可能にします。グローバルビレッジ建設セットは農業、建設、製造を始める障害を小さくします。これは、完全に経済的に実寸でレゴのようなモジュラーツールで製作することができます。

とあります。(と、ニュアンス)

見ていくと、トラクターやら3Dスキャナとかが並んでます。これらに設計図を公開して誰でもつくれる、というコンセプト。つくるひとが増えるというのは楽しいですね。

このプロジェクトを始めた、マーチン・ヤクボスキーさんという方のTEDをRSSで知ったのがきっかけ。
TEDをみると、このかた核融合の博士号を獲ったけど、手に職ついてなくて、世の中の役にたてないんじゃないかと思われ、農業に転身、しかし、農作業のための機械がぶち壊れすぎて、その修理代でお金ありません、、、状態になったそうです。
このように、農業という素朴と思われる産業においても、現代社会ではどうしても文明の利器が必要になるということでしょう。
また、ハードウェアは実際の生活に直に影響を与えるという信念も話にでていました。

個人的には、この考え方には大賛成で、ソフトウェアという脳内現象と近いことだけではなく、どうしても機械力学が必要になってくると思います。その意味では、デザインという領域なんじゃね?というのが私の信念。

例えば、「生きのびるためのデザイン」とう本では、情報収集手段が貧弱な開発途上国で簡単、低コストで使えるラジオの紹介がされていました。このように、外から持ち込むのではなく、自分で使うものを自らつくってまかなう、という考え方はナイス。

また、経済規模の異なる国際関係における、例えば農業機械なんてのは、望む望まざるに関わらず、製造している地域の労働単価や為替の違い、金融経済による水ぶくれといったコストの違いが生じてしまうものです。だからこそ、つくるという部分にフューチャーするのは、意味があると思います。

さらに見ていくと、旋盤や圧延装置といったモノまでつくろうとしてます。すごいね。ただし、そういったモノを文明に背を向けてつくろうというよりも、そのノウハウをシェアすることで、如何に世界に広げるか、また、ほらやってみなよ、と背を押すかを目指しているみたいです。
たとえば、ICチップとか自作できるモノではないし、エアレギュレータなんかも製作するにはえらい精度が必要となります。
そうすると、そういう基礎部品の製造や製作は得意なところにお任せるするという割り切りをふまえて、アッセンブルを如何に自分できるかな、という精神ですね。

想像をたくましくするならば、母材になる鉄をどうするのか。鉄板とかをつくるにあったて、鉄鉱石の採掘とかするのかな、とか、製鉄するには高炉とかつくるのかな、などと、グローバルビレッジのための鍛冶屋さん的な取り組みが出て来くるかもなどと想像。Open mine projectなんてのが出てきたり。おお、リアル鑪場!

とはいえ、都市でこういう事をするのはなかなか難しくはあります。しかしながら、都市と地方という関係、ひいては先進国と開発途上国という関係にも風穴をあけそうです。





工房的都市論Ⅳ 都市と桜

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IMG_1478.jpg震災から一ヶ月を迎えようとしています。未だに事態は収束しておらず、ニュースをみると情けなくなるようなそんな心持ちにもなります。ゆるりゆるりと取り戻していただくことを願うばかり。

また、4月10日は地方選挙もあり、東京都知事は現職の石原氏の当選となりました。

首都の知事ということで注目されますが、結果としては現状維持ということになりますでしょうか。

さて、テーマは桜です。桜って、咲いている期間が短いので、季節になるとここにも植わってたのか、改めて気づかされることがおおいです。自宅周辺を散策すると、ここにもあそこにもとなんだか急に賑やかしい気分になります。

で、そもそもなぜ桜が都心のあちこちに植わっているのだろうと考える次第です。例えば、地方では桜の季節に山を見ると、あーあそこに植わってるんだ、とこれは山桜があったりするのですが、自然にあちこちに植わっているとう分けでもなさそうです。

google先生に聞いてみると、桜を都市部に移植したのは平安(あるいは奈良時代)ということだそうです。9世紀前半に嵯峨天皇が南殿に桜を植えて宴を催し、そこから都から地方へひろまっていった、ということだそうです。調べていただいた方感謝です!

また、江戸時代には3代将軍家光が上野の寛永寺に吉野の桜を移植したことで、庶民にも花見が広がっていったそうです。

ははん、ということで、江戸時代についての資料をあさっていたところ(みつからず、、、)、昔入手して挫折した狂言集を発見。みるところ「花盗人」というものが。

表題は花ですが、なんのことはない、やっぱり花は櫻のことを指してます。流派によって違うのか、ググったあらすじと参考にした本の話がちょっと違うのですが、花好きのおっさんがきれいな櫻を見せてくれないことブーたれて忍び込んだら捕まって、でもうまいこと言って宴会へ突入。やんややんややって歌ったり踊ったりしてるときに、やっぱ櫻いいよね、ポキリとやったら、いやいやそれないっしょ、と冷静に突っ込まれるというオチ。

だからなんなのというとこまっちゃうのですが、そもそもそういう行動にかられてしまうというのが櫻のおもしろさであり、あるいみでは恐ろしさでもあるのかなと。舞台で舞う姿は楽しそうかもとおもいます。

また、都市計画においては、桜並木なんてのをつくるっていうのも、けっこう大事かもしれないとも考えます。この点でいくと、いなかの福井市の足羽川桜並木の圧勝です。

とはいえ、個人的にはぼんやりとですが、街路樹などの扱いというのは、建築プランなどを考えたとしても、添え物としてしか考えてこなかったというのが正直なところ。無いと残念な気持ちにはなるけれど、はたして主役としての樹木と都市との関係が成り立つのかは、難しい課題みたいです。

防災の観点からは、河川敷に桜をうえるっていうのがそもそも法律的にグレーで、水害時には決壊を生じたということもあり、福井市の場合は整備がすすんでいます。

桜2
自然と都市、今回は樹木に少し着目しましたが、ハコもの=ハードと人間=ソフトとの間にある、緩衝剤としてのメディア/メディウムの自然物をどうするのかという観点から、首都東京の都市デザインを考えると、防災とかエネルギー政策についてもヒントがありそう、などと次期首長さんに提案してみたいなどとおもってみたりなど。

工房的都市論Ⅲ 都市と震災その1

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帰宅難民都市について考えつつ、ぼんやりしていたところに震災が襲い、衝撃を受けながらはや十日間。被災地はまだぜんぜん落ち着かず、かといえ東京での暮らしにはそれほど支障はないというギャップに呆然としつつも、日々淡々と仕事と生活をしつつ、考え込んでしまったりする昨今です。これからです。NHKを見ては泣きそうになるのですが、ゆるりゆるりとまた生活をつくっていってもらえればと願うばかりです。

 とはいえ、現代の都市論について考えるということで、まずはひたすら歩き回る、という事を己に課していたのですが、電気に代表されるインフラの希薄から。存在の都市とは何ぞやという事を肌を持って感じざるを得ない事態。ということを書いたら今日は水に比較的高い放射性物質が検出されたとのこと。 結論からいくとそういう事はリスクとして理解しておいたほうがいいけれど、そんなこと深刻に考えても仕方が無いぜという所感。

 ただし、震災前後で、いろいろと変化があったことは確かなので、それは元にもどるのか?というと、それは難しいなとも思います。

 要は世界は不安定であるということを、しばらくの間、忘却をしていた訳ですが思い出しちゃった、ということでしょうか。 特に不安をあおるのは、原発の状況なのですが、これについては個人的には非常に複雑な思いもあります。

 都市生活者としては、首都圏の電気を遠く離れた福島や、各種インフラもあって当然という風に過ごしていただけに、申し訳ない、、、とおもうところもあり。

 一方で、故郷は原発地帯を抱えており、都市に電力を供給するために危険を引き受けるということが、暗黙の了解となっている世間でもありました。 この視野の中では、都市というものは、それと相対する地方、鄙の存在が絶対に欠かせないのではないのか、ということに改めて気づかされる事態です。

 これは、何も都市と地方という関係だけではなく、小さなレイヤーでは自宅のリビングとベッドルームは相補的な関係であるし、先進国と開発途上国との大きなレイヤーではある意味では搾取の構造がそれにあたるかもしれません。

 これって、だめな事なのか、というと、そうとは言えないと考えています。しかしながら、その規模の差が大きくなりすぎているとも言えます。もっと正確に言えば、都市と地方との人材、物資、情報の流動性を如何に確保するか、この事が今後の都市計画、政治の場では考慮するべきであろうとかんがえます。

 例えば、エネルギーについてはもうすこし小さなサイクルで閉じれる系をつくることで、大規模な変動に備えること、また、水道については、取水箇所の冗長化も望まれます(が、これは地域全体に影響がおよぶので難しいっちゃ難しい、、、)、東大以外に帝大があるのも意味が出てくるでしょう。

 などなど、これからの国づくりが前人未到でやる気がでてくる次第です。

(4月10日連番を間違ってたのでタイトルをなおしました。)

工房的都市論Ⅱ 都市の始まりと情緒

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ローマ的都市建設 都市とかそういうことについて考えるために本を読んだりなど。 都市計画の世界史、なるものがたまたま書店にあったので、読んでみたり。

改めて考えてみると、そもそも都市という存在が人間の意志の力のみによって形成されているという当たり前の事実に驚愕を覚えるしだいです。なぜならば、地方、そして、山村というのは、その自然の地形や形態に合わせて人々暮らしてきたという素朴な事実に裏付けされ、そしてまたその自然条件が制約条件として人間の活動を阻むという、これもごくあたりまえの歴史によって数百年なりの歳月が流れているという訳なのです。 (ということが、のっけから本に書いてあったのですが、案の定読んだ事を忘れているという、、、)

出生して育った環境がまた、その環境であるからこそ、都市に対する個人的な感覚というのはまだ適合してはいないな、という感覚はします。

 都市における河川は上記の観点からすると、幾分自然の条件を担保するよすがとはなりますが、巨大土木事業の前にあっては、やはり人為的な工作によって造成されていることも否めません。 よって、これらの自然条件に対して人間の意志によってつくりあげられ、かつ、変化を続ける存在であると、まず都市を定義することができます。

 さて、それではそもそもなぜ人為的に、ある意味においては自然の条件を超えるかたち人口を集積し、かつ、土地を造成し建築物をたてるようになったのかという疑問が生じます。

 これらを考えるにあたって、二つの疑問にぶちあたります。
 一つは都市のおこりをさかのぼっていくと、世界最初の都市とはどういうもので、どのように発生してきたか。自然発生的な都市形成はいったいどういう風になってきたのか。 もう一つは、身近な都市としての東京がどのよう発生してきたのか、そしてそれがどのよに計画されて、かつ実現されてきたのかそうではないのか。 ただ、この辺りを深堀するとなぜかデンパな説に突き当たってしまうのですが。。。

 まず最初の疑問について調べていくと、世界で最初の都市がおこったのは、メソポタミア文明だそうです。現在のチグリス・ユーフラテス河畔、現在のイラク辺りですね。具体的には紀元前5000年頃、ウバイド文化期とよばれる期間が1500年ほど続き、後に、ウルク文化期が後に続き、神殿や文字による記録を始めたそうです。特にこの期には既に、神殿やらが出来上がり一種の階層化が進んだものとみることができます。
 ただし、われわれが知りたいのは、文明の形成期における都市の形成です。そういう事に興味を持って研究されている方もおり、大変勉強になります。"都市誕生の考古学"、という本を読むと、ウバイド後期からウルク後期にかけての社会の平等性から集権化へと変遷していた過程がまとめられています。人が増える事によって、都市が形成され、かつ、環境変化による物資の偏在や職能による機能分化によって、現在の都市的な構図を生じていく過程が研究されています。

 また、合わせて興味深いのが、墓制の変化を追っている展です。考古学には疎いので何ともわかりませんが、発掘される遺構では、やっぱりお墓が多くて、故に実証的な研究を行うとするならお墓が対象にならざるを得ないということはあげられます。 これがヒントになるのは、都市の起こりは、機能が先きか情緒が先きかというと、個人的にはどうやら情緒が先きなんじゃないかと考えるに至りました。

 ここで言う機能というのは、その都市建設に目的がある場合と考えます。この例をあげるにあたって、大変面白い本がありまして、"都市 ローマ人はどのように都市をつくったか"、という本があるのですが、ローマ帝国期の都市というのは、多くは計画都市として造成される場合多く、それはローマを中心とした帝国体系内での衛星都市群が、その土地の政治的、経済的、文化的中心として機能するように計画され実施さされていた、ということがあげられます。これは、住む者にとってはどっちだっていいのですが、帝国を存続させるという目的においては、その意図をくんだ機能果たす都市を造る事が手段となる訳です。 ところが、じゃあ、そのローマ人はどうやって都市をつくったかというと、テレベ川河畔にいたエトルリア人の集落的地域をそのまま増築増築して街を広げていったらしい。ということは、振り出しに戻ってじゃあなんで集まったのという疑問に突き当たり、個人的には、どうやら機能的な都市を造る事が目的で都市ができたんではないなと考えるにしだいです。

 そこで出てくるのが、情緒的なもので、お墓という存在です。エクストリームな環境での埋葬は、例えば鳥葬などがありますが、農耕定住生活では一つの場所で生老病死が起きるわけです。すなわち、どうしたって死者と向きあって生活する必要がある訳です。 話はもどってウバイド後期に発掘された墓は、モノによっては住居の床下だったりしたそうです。そこまで近いとどうなのよ、と現代の感覚からは思いますが、そういう生死の近さというのは、あるいみ自然なのかもしれません。

 ここまで考えてみると、話が飛びますが、墓地と住居の距離感が、実は都市形成の発端なのではないかと考えています。自分が死んだら寂しいなーと思うところに墓をつくるか?ということです。お米がたくさんとれて嬉しい、とかいう理由で定住を始めたりもするんだとおもいますが、もうちょっと情緒的にとらえるならば、その結果その土地で死んでいった親族やらから離れていくのは、将来自分も置いてきぼりになるみたいでなんかやだ、という素朴な感覚。また、埋葬をしてしまうと、そこからどうしたって死者はうごいてはくれない。故に、死者がありきで集落が形成され、それが都市の核となったのではないか、というのがとりあえずの仮説です。

 こうするとさらに興味深いのは、エジプトやギリシアといったなぜ祭祀を中心とした都市形成が行われるのかということにも、より立体的な視点がえられるかも、と考えています。

 さて、以上がまずは都市の起こりについて考えたことです。 次回はいきなり時代は近現代にとんで、東京という街の形成について考えます。



工房的都市論 Ⅰ

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kawa
川です。といっても、これは秋葉原のあたりを流れている川。個人的に、というか、仕事的にもなのですが秋葉原に毎週いっているような状況で、だんだん土地勘がついてきたなと思う昨今です。昨日歩行者天国が復活したとの報道もありなんだかぼんやり閑雅てます。

とはいえ、アキバ文化はまだよくわからず、どちらかといえば古き電気街としてのアキバを探索してます。電子部品といえば、とりあえず東京ならアキバ、大阪なら日本橋、といったところ。加えて名古屋なら大須といったところで、これらの3都市で暮らしたことがあるので、ようやくコンプリートです。

この3都市で抵抗やらコンデンサやらをどうやって購入したらよいか、くらいはわかった!といった所です。

そもそも、なぜ電気街が出現するのか?という都市文化としては不思議に思うところもあり、ググってみますと、どうやらアキバは終戦後にラジオ部品やらを扱う闇市が盛んになったのが大本のようです。すなわち、スタート段階で少しアンダーグラウンドな土地柄とも言えましょうか。ラジオの自作という、すでにちょっとフツーの人はやらない事をやる人が集まってきていたという時点で、すでにオタク的文化がでてきたと。

とはいえ、出自が機械系の人間なので、鉄の塊をぐりぐり切削したり砂型に溶解鉄を流し込んだりというメカメカしい存在も気になるのですが、じつはこの機械系の感覚と電気系の感覚とは微妙に違うところがあるのでは無いかと考えてもいます。

例えば、果たして秋葉原で人工衛星がつくれるかっていうと、ちょっと無理そう、という気がします。そんなこといったらたいがいの土地でそんなモノつくれないとおもうのが当たり前なのですが、うっかりすると何でもできちゃうんじゃないかって妄想しちゃいそうなほどモノは溢れています。

ここで何がかけているかというと、生産するための機能ではないかと。電気街という土地は、やはり商業の土地であり流通の結節点としての価値が飛び抜けて高いのですが、その商品を作り上げるという生産の地ではない、という事かもしれません。

これも考えればあたり前なのですが。モノをつくるにはやっぱり工作機械やらエネルギーやら何やらが必要となり、人と人とが交易をするための空間があったらジグでもおくよ、という事になるでしょう。

でようやく今のアキバの文化に近いアニメやらの文化になるのですが、電子機器に限らず、モノづくりにおける交易の地として現在も機能しているということが言えます。

個人的には、そういう都市もあってしかるべきなのですが、さらに工房的都市というものがあったら、それは楽しいな、ということ。職人ばっかり住んでいて、町工場と電気街が結びついたような都市ができたら、そこ住みたい!と勝手に想像します。

まあようはナウシカででてくるペジテ市ってものがあったらいいよね、ということかと。あんまりこういう展開になるとは考えずに書き進めてみたのですが、面白くなってきたからまた改めて考えてみよう。

満員御礼電車

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通常は雑踏に背を向けて徒歩で帰宅などしているのですが、たまには人恋しくなり繁華の方へ足をむけます。

すると、当然ながら帰宅は公共交通機関を利用することになります。だいたい人の多い時間になってしまいます。すると当然満員電車。

いつも利用する訳ではないということから、我慢して(しかも一駅だったりします)乗ってますが、果たして毎日この電車に乗る方々は何を考えているのだろうかとはらはらしてしまいます。

もちろん、いろいろと考えているのだろうとおもうのですが、空間が無いと本を読んだり携帯電話をいじったりゲームを取り出したりはできないわけで、当然パッシブに時間をつぶせる方法、例えば音楽を聴いてみたりとか、ぼんやりしてみたりとか、妄想してみたりとかそういう空間になるのだろうかと想像しています。

一方で、満員だったら、ある意味祝っていいんじゃないかなどと。満員の車内で天井から満員御礼の垂れ幕がたれてきたら、すごいむかつくだろうなとは思いますが、まあ一回やってみてもいいのかもしれません。

そもそもなんで満員電車が許容されているのか不思議だったので、その起こりを調べてみる。ググるとwikipedia先生がヒントをくれます。通勤形電車という区分になるらしい。車内がロングシートで多数のつり革があって、座席数よりも立席面積が多いらしい。たしかに。明治末期の段階で、すでに混雑してかなわんわ、ということで、ドアを増やしたりしたらしい。

他になにか手が無いか考えると、すごく長くする、2階建てにする、など。

まあ、手っ取り早いのはスモールライトでみんなチッサクするっていうのはどうかなと考えました。