工房的都市論21 弱者と強者の小粋なコワーキング

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出先でどうも喫茶店で仕事でもないな、という気分になり、コワーキングスペースやろということで訪れてみました。これが当たりでスイスイ仕事ができてよかったなということ。

とはいえ、何年もまえから細々と工房的な都市論とはを考えてきたところ、ようやくなんだか近いイメージの空間ではなかろうかと思い始めて考えあぐねる次第です。

さて、コワーキングスペースとはそもそもなんであるのかと振り返ってみます。といっても早速Wikipediaを開いて見るわけですが、そういえば数年前にノマドとかいうことばをよく聞いていたなということで、「事務所スペース、会議室、打ち合わせスペースなどを共有しながら独立した仕事を行う共働ワークスタイルを指す」とのこと。

1.カフェとは違うのか?

とはいえ、ではスターバックスでドヤ顔しながら仕事するのとは違うのかという点がそもそも気になります。ステレオタイプとしてのノマドワーカーというとスターバックスでMacを開く、というイメージがあり、いまだにそうではあるのですが、コワーキングスペースと専用に呼ばれる空間とは大いに異なるぞと体感すると思います。

具体的には、働くという目的がはっきりしている人たちが集っている空間がコワーキングスペースで、そうではなくリラックスや社交を目的としているのがカフェのように思います。ただ、この間には濃淡がありカフェにいても働く人はいますし、コワーキングスペースでもぼやっとしている人もいると思います。ただし、やはり働くを主とした空間づくりがされていると思います。

そもそもカフェでガチガチやってると、鬱陶しく思われれてるんじゃないかという引け目もなにやらマイナスポイントで、堂々と仕事ができる空間ってふと思うとやはりニーズに対して供給がなかったんだなぁと思われます。

2.オフィスとは違うのか?

一方で、じゃあ、普通のオフィスやもっとカジュアルなオフィスとは違うのかというと、すごいカジュアルなオフィスはきっと似た雰囲気があるのだろうと思いますが、残念ながらそんなオフィスで働いたことも足を踏み入れたこともないので体感がないのです。

ただ、同僚がいるとか、働くためのファシリティがあるという点においてはオフィスにはその機能があるのだろうと思います。組織としての行動が望まれる場合や、特殊なファシリティが必要な研究開発や工場なんかはコワーキングとは縁が遠いといえます。

要はオフィスがあってもなくても、腕一本で仕事できますねん、という働き方のスタイルがコワーキングと相性がいいといえますし、そうだからこそコワーキングが成り立つように思います。そのための前提条件としては、やはりスマートフォンやパソコン、ネットワークといったITインフラが安価に隅々まで利用できる稠密な都市機能があるということと、そのインフラ上で使用できるネットワーク越しのソフトやサービスの充実が一方でワークスタイルを支えていると思います。

3. その上ではたらくとはなんなのか?

これまた難しい課題にぶち当たるのですが、やはりニーズがあってこその「はたらく」なので、そのニーズは人の要求に応えることになり、つまりは人と人とのコミュニケーションがあってこそ働くことが生活につながります。

つまりは、コワーキングはある意味では弱者の戦い方として、その働き方スタイルを実践すること自体が、直接的な関わりを持ったもの同士ではなくとも、ファシリティの負担軽減のメリットや、仕事のきっかけとなる交流を得る機会を、ワーカー自身がコワーキングというスタイルを通じてお互いに享受する仕組みでもあるともいえます。

なので、先程は腕一本で仕事できますねんという、強者のようなスキルや能力があろうとも、一方でそのスタイルが孕む働くことと対立する孤立の脆弱性を意識的・無意識的に保留するしくみとして、コワーキングスペースは有効であり、そして社会的なゆとりや豊かさなのではないかと考えることができます。なくなっては困るのです。

もちろんオフィスや店舗、工場や施設にフィールドなど従来型の働き方は当然ありながらも、もっと多様な働き方があるはずで、その働き方が昨今いわれる働き方改革のような、仕事のスタイルの多様性を支える要素の一つとしてコワーキングというスタイルがもっと広がったらいいと思います。

4.どうなって欲しいのか

よって、結論としては、どんどんコワーキングスペース広がったら嬉しいなと。そもそも意識高い感じがして何かモテるんじゃないかというあるいみ私がドヤ顔したいだけなんじゃないかともいえますが、ガチガチ書き物をするにも気分がいいだろうと思います。また、もっとイベントなんかに参加したら思いも深まるように思いますので、今後の私の動きにも期待です。

それに、ただコワーキングスペースを利用するだけで得はしないような書き物やらをしていたとして、それはきっと巡り巡って働くことにつながってくることをこれまでの考察で得ることができました。堂々とドヤ顔しているだけでもきっといいというのは、小心がおしゃれコワーキングスペースに出入りするにも心強い論理でもあります、

個人がふわっと働く空間が家庭でもなくオフィスでもないその中間にあるという都市空間は、ある意味では無意識に計画された都市の一つの要素であり、都市の計画性と無計画性についての探求の一つの要素におもいますので、これはまた考えたいところとして、今のところ、こういった文章を書くのは家に引きこもってやらざるをえないのですが、今度は小粋なコワーキングスペースでガチガチ書き物をしたいものです。

工房的都市論20 ここじゃないどこかとしての都市

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21_21 Design Sightでやっていた、「都市写真展 -ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家-」(英題:NEW PLANET PHOTO CITY) たち を見に行きました。都市とついているから行くかぐらいののりで、ウィリアム・クラインをはじめ写真家の方々は存じ上げず。不勉強。残念ながらもう終了をしております。

21_21 DESIGN SIGHT | 企画展「写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−」 | 展示内容

結論からいくと、カッコウィイ写真だなぁと眺めつつも、このカッコウィイ写真を撮る写真家さんがカッコウィイという、カッコィイの二重構造が近代の写真家さんの作家性であるなと再確認した次第です。それぞれ思うところあり、、、。

が、都市を考えようとうっすらと個人的関心にもっていたとところで興味深かったのは、台湾での暗闇と舞台装置との写真でした。

沈 昭良(Shen Chao-Liang)さんという台湾の写真家さんの作品だそうです。台湾綜芸団(Taiwanese Cabaret)という、台湾の冠婚葬祭や夜市で、大型のステージトラックを持ち込んむ演芸団があるそうです。大衆演劇とサーカスを足して割ったようなものなのでしょうか、、、ものすごく現場に出くわしたい心持ちです。

写真はこちらから一部拝見することができるようです。
沈昭良-STAGE

で、個人的に注目したのは、このトラック舞台の背景というか書割というか、電飾でピカピカしているんだと思いますが、ここの描かれる世界観。いろいろな意匠があるようですが、いわゆる都会を描いたものや、これはシドニーのオペラハウスですね、というように実在する都市のイメージがそこに表現されています。

この舞台はなんらかのセレモニーの時に持ち出される、いわばハレの空間に配置されるものであり、そこに都会や海外の都市のアイコンがあるのはどうなんだという違和感がありつつ、一方、その都会感自体が幸せや理想、願いのイメージなのではないかと捉えると、途端になんだか切ないような心持ちにもなります。

いわば、ここじゃないどこかをその舞台で表現するわけです。

そのここじゃないどこかは、キラキラした都市であることも当然ながらあり得るというのは、都市はその素朴な理想像の一つであるということが腑に落ちました。

私は田舎者なのでそうなんですが、都市に人が惹きつけられるのは、やはり願いとしての都市を望んでいるからで、これはその結果としてなんらか自身にいいことがあるのだろうという期待がそうさせているといえます。祝いたい時には都市のきらびやかなイメージが今後の人生への希望として掲示されますし、葬儀であるならば故人の冥福へのイメージが例えば都市なんだろうなという気もしてきます。

じゃあ、最先端の都市で生まれ育った場合は都市に対してどう思うのかはちょっと今すぐ誰かに聞いて見たい気もしますが、そこまで格別な理想像ではないんではないだろうかとおもいます。とはいえ、ここじゃないどこかとしての願いは誰にでもあるかもしれず、そうだとすると別の海外の都市に対して希望をいだいたりするのも自然であり、よってツーリズムも盛んなんじゃなかろうかとも考えます。

ここじゃないどこかとしての都市は、これまで考察してきた都市の捉え方としてはうっかりと考えてなかったので個人的には新鮮な思いであるとともに、それが沈さんの写真がこの概念をジワジワ喚起してきます。

一方で、この文章を書きながら2つ思い浮かんで、一つは中島みゆきさんのファイトの歌詞の下りの、「うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符」とディズニーランド。行ってみたいなディズニーランド。

SSL/TSL化しましたよ

誰も見ていないね、、、とはおもいつつSSL/TSL化しました。

管理画面を開くときに認証通してもやや安心になるようなならないような。証明書を発行する組織に依存しているのだぞと肝に銘じつつ、無料発行ありがとうございます、Let's encrypt様さま。

都市写真展について次回書きます。

工房的都市論19 都市のOSと道具としての都市

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都市のOSっていう言葉がちらりと目にはいり、これはこれはと読んでみました。

街に意思をもたせる:ライゾマティクス 齋藤精一氏の「CityOS」構想とAIの関係性とは | Mugendai(無限大)

単純なイメージだと、行く手の信号が近づくと全部青になるとかなってくれたらいいのに、という非常に身勝手な使い方を思いつきますが、そうではなくAIを用いたスマートな街のようです。

OSという言葉からイメージされるのはコンピューターだとすると、ハードウェアとソフトウェアがあった時にその仲立ちをする体系であるとすると、動的に反応するという意味では確かにOSのようなものが組み込まれててもいいじゃないかとはふと思った次第。

たとえば、最初に書いた信号が次々変わってほしいという願望があったとして、なかなかそういうことにはならないなぁとおもったり。ここの階段がこうなっていてほしいな、とか、ここに高台がほしいと思っていたとしても、それを実現できるという希望は基本的には街にたいしては抱かないですし、抱いても行き場のない思いにかられるばかりです。なので、通常は、引越しをする、住む場所や仕事場を変えるという代償行為によって不満を解消するので不動屋さんは商売が成り立つのでしょう。為政者やアーキテクトであれば、自分でどうにかしてやろうということになりますが、そうではない市井の存在ではそうはできないというのが、道具として見たとときの都市という対象と言えます。アプリオリに都市は存在していて、使い心地がわるくても使い続けます。

文中に、建築はあまりに動きが鈍すぎてやめた、という記載があります。なんだか共感してしまうコメントでもあります。つまりは、道具としての都市は、使い勝手が悪かったら改良するとか取り替えるとかがなかなか儘ならない対象であるとすると、その間にソフトウェアを介在させることでそうでもない存在に作り変えることができるかもしれないです。

さらにコンピューターのアナロジーで捉えると、都市のインターフェースはどんなもの?を考えます。情報処理のレイヤーにとどまるか、なんらか都市への操作を行うか。音、光、信号、インプットとアプトプット。
文中には生活音などを分析することで、空間での活動を分析することで、逆に環境を最適化したりすることが提案議論されています。なるほど。あるいは、しょうもないといえばしょうもないですが、人が集まる場所は明るくして、人がいない場所は暗くするとか、単純に状況をセンシングすれば、都市のシステム自体のエネルギー消費が削減されるでしょう。家庭内でやるのではなく、都市圏全体でやったら相当ダイナミックな面白いことにはなろうと思います。

もっとダイナミックなアウトプットとしては交通システム。従来の鉄道は沿線の概念ががありますが、どんな沿線でも繋がっててればいいじゃんなんて素朴におもっちゃうので、人の動きに合わせていい感じに路線が切り替わってくれないものかと。満員電車の解消と都市のOSなんていうのが切実なのだろうと思います。とはいえ、、、いいアイディアがでない。。。道具としては最悪なはずなのになくならない都市における満員電車や渋滞といった切り口で一つなにか考えてみたいものです。

一方、不便を普通にだけでなく、普通を楽しくなんで感じで行くと、たまたま流してたyoutubeのPVみたいな感じで、町中を踊らせるハメルーンの笛吹き的な都市のAIが出てきてもなにやらいいんじゃないかという気がしてきましたので、今日はこの辺で。

3人の石

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BS世界のドキュメンタリーでI.F.ストーンというジャーナリストの話をしていたのと、別の投稿サイトが構築中なので、こちらでまとめ。わ、チョムスキー先生も出てる。

すべての政府はウソをつく 後編 | BS世界のドキュメンタリー | NHK BS1

I.F.ストーンという方はとんと知らないのですが、下記のようなかた。硬派というか真剣なジャーナリスト、の方のようでして。しらなかったなぁと。

アメリカの急進派 I・F・ストーンの生涯とその時代 | Democracy Now!

で、ストーン、と聞いてもやっと思い出したのと検索してでてきたのがジェレミーストーン、、、ってなんかきいたなということで、調べたところ、このストーンさんもなかなか硬派な取り組みをされている模様。核軍縮を働きかけていたとのこと、最近なくなったんですね。

訃報:ジェレミー・ストーンさん 81歳=軍縮に取り組んだ米数学者 - 毎日新聞

最後にストーンといってオリバーでしょということで、映画監督のオリバー・ストーンさん。いろいろと穿った映画を作っています。大統領を描いた映画が多かったりしますね。

オリバー・ストーン - Wikipedia

で、3人それぞれのストーンさんはそれぞれ渋い取り組みをしているなぁ、と思います。名は体を表すというか、ブレないというか頑固になんかやる、という姿勢が表れています。

トランプ氏が大統領に就任したことによって、思いがけない施策を大統領令という飛び道具で繰り出してきている以上、直接その動きを知るすべがない市井の人の私としては、信頼にたる情報ソースは、こういったロックな方々が喋ることと、それを受け取る英語力が肝要と思う番組でございます。

追記

っておもってたら、製作総指揮がオリバーストーンで、その記事はローリングストーン誌という、、、もう石だらけ。

オリバー・ストーン製作総指揮『すべての政府は嘘をつく』が緊急公開 | Rolling Stone(ローリングストーン) 日本版

さらに追記

明日からネットで観れるらしい。なんと!

FEATURES:真実を追求するフリー・ジャーナリストたちの闘い『すべての政府は嘘をつく』 - UPLINK Cloud

昨年からサーバー構築をして新しいサーバーに引っ越しまして見た目も変わりました。スマホ対応が懸案だっただけに、ひとまず胸をなでおろし。

さて、サーバー構築を久しぶりにやったのですが、以前は目新しかった仮想化技術やクラウドサービスがふつーに導入できるようになって、ちょっとした浦島太郎気分でいっぱいでございます。

それにしても、始めてから10年以上たち、むかーしの記事をみておお、そんなこともあったのね、という思いに駆られる昨今ですが、未来に向かって生きて生きてたいものですね。

真面目に書きものをしようと思いも新たにするあけましておめでとうございましたです。

工房的都市論18 都市の目的と閉鎖都市

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薮から棒ですが、ロシアにフラッといってきました。

ロシアと一言にいっても広大な国土を持ちますが、貧乏スナフキンは無茶が効きませんので、極東地域で東京から2時間、あれ、国内の方がむしろ時間かかるよね?という距離で。

思いの他、観光よろしく、残念ながらなんにもないですが女の子奇麗、満足、といった、本気スナフキンにたしなめられる道中ではありましたが、そろそろ記憶が怪しくなってくるので備忘をかねてと、都市論ネタを思いついたのでブログとして更新です。

お題は、かつての閉鎖都市、ウラジオストクです。

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工房的都市論17 地下都市と首都と

IMG_4930.JPG大本営跡なる場所に行ってきました。といっても、すげー前で、書きあぐねていたのですが。

さて、大本営跡地は、長野県長野市の松代地区につくられた地下壕のこと。大本営とはそもそもなんなのかというと。戦時の天皇直属の最高統帥機関、とのこと。ようは戦争の指示をする場所、でしょうか。それが、戦争末期、東京が危なくなった時の疎開先として、松代に地下壕を掘って移設しようと計画され、昭和19年の11月から本格工事がはじまり終戦とともに工事が中止された跡地が現在に残っています。

長野市の案内はこちら
松代象山地下壕のご案内 - 長野市ホームページ

そんな施設だからきっと厳重に管理されていて、案内とかもしてるのかな。。。と思ったのですが、入り口でおっちゃんに訪ねるとそこのヘルメットかぶってねとだけ言われてあとは自由に穴の中へ。拍子抜け!
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入り口から降りていくと結構狭いなあとおもっていたのですが、穴蔵を進んでいくと思いのほか広い空間が広がり、碁盤の目状に縦横に穴がのびていることがよくわかります。

そして思いのほか壕が長く、500mほども内部に入ることができます。うへー!とおもって最終端まで行ったのですが、そこで一人、しかも、山の下に掘られた穴の中。照明があるから明るいけど、万が一なにかおこったら、俺終わる、と、思い出したらとたんに背筋が寒くなるなど。さらに頭をよぎるのは、工事にあたって、朝鮮半島出身の方々が強制労働させられなくなった方も居ると刻まれたの入り口にあった石碑のこと。思わず手を合わせて回れ右しました。

70年もまえに掘られたとは思えず、いまだに掘削された岩盤の生々しさがあります。入場無料、地下好きのかたはぜひどうぞ。

で、都市論の話になるんですが、戦争をしていた頃の日本の首脳部は、首都という都市の機能をどのようにとらえていたのか、ということです。以下、若干由なし事をつらつらと。

(いろいろと本が出てるんですね)